EUの“バッテリー交換義務化”はガラケー回帰じゃない。スマホはどう変わる?

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 EU圏のスマートフォンをはじめとした「バッテリー交換義務化」の話が話題となっているが、どうやらこれにはある種の抜け道があるようだ。確かに昨今のメーカーの動きを見ていると、規制の行先は我々が思っている形とは違うものになりそうだ。

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EUのバッテリー交換義務化でも「ガラケー」のようにはならない。理由は「工具の使用しての交換」は規制されていないため

 EU圏のバッテリー交換義務化の話については、日本のみならず欧州のメディアも各所で報じている。筆者もGalaxy UnpackedやMWCにて欧州方面のジャーナリスト、テックライターの方と意見交換したが、その際にこの話題について少し面白い話も聞けた。

 それは2027年にバッテリーの交換が義務化されるが、全てのスマートフォンが従来のガラケーような「バッテリーパック方式」にはならないというものだ。そしてメーカーが懸念するのは「技術の停滞」よりも「防水性能等の品質確保」としていることだ。

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バッテリーパックは樹脂等の保護ケースでバッテリーを覆い、エンドユーザーが安全に利用できるようにしたものだ

 確かにEUで議題に上がっている法案には「バッテリー交換はエンドユーザーが容易に交換できるようにする」という文言がある。これは物理的に修理が容易なハードウェアはもちろん、修理パーツやマニュアルの提供なども含まれる。そして、バッテリーを交換するにあたり、メーカーに求めているものは以下の3つとなっている。

・工具を必要としないで交換できるもの
・市販の工具でバッテリーの交換が可能なもの
・交換に際し特殊な専用工具が必要だが、リペアキットにこれを付属しているもの

 事実「容易に交換できるようにする。」という文言はありながらも「工具を使わずに交換」という文言はない。このことからスマートフォンのバッテリー交換義務化となっても、市販の工具で交換できるものや、専用工具が提供されるものは規制されないものと考えられる。

 ここで言う「市販の工具」はホームセンター等で販売されている一般的な工具を指し、プラスやマイナスの精密ドライバーのことになるだろう。また、iPhoneをはじめ、バッテリー交換に専用工具(トルクスドライバー)等を必要とする場合は、交換部品に付属させるなどの対応でメーカー側が無償提供する環境を構築していれば良いというものだ。

 例えば、Appleがアメリカで提供しているリペアキットを、修理希望のユーザーに1週間等の期間を決めて無料で貸し出す場合は、この規制を回避できる可能性がある。極端な話をすれば、バッテリーを交換するにあたって、必要な工具を同時に無償提供するのであれば問題ない形となる。

 現時点のiPhoneであれば”星型のドライバー”、接着剤を溶かすための”ウォーマーや溶剤”、リアパネルやディスプレイを外すための”ピックと吸盤”、バッテリーの端子を外すための”プラスチック製のヘラ”を提供すれば良いことになる。もちろん、リアパネルやディスプレイを再度接着するための”シール剤”も必要となる。

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スマートフォンメーカーは、修理用のバッテリーと合わせてこのような分解に必要な工具類を付属すればよいのだ

メーカーが懸念する品質の担保。自己修理は「修理後の品質」が課題か

 さて、このような内容であればバッテリーパックにすることはなく、以前の記事でも指摘した「技術の停滞」に対する疑念は解消されるかもしれない。それでも修理後の品質面の問題は付きまとう。
 そんな問題が最も該当するものは、Galaxy FoldやFlipなどをはじめとした折りたたみのスマートフォンだ。このタイプの機種に関してはヒンジを挟んだ双方にバッテリーが搭載されており、他の機種に比べても修理が困難と言われている。

このタイプの機種であれば、本体上部と下部にそれぞれバッテリーが搭載されている

 例えば、外部からの衝撃から守るためにフレームの奥にバッテリーを入れたり、バッテリーの手前にセンサー等のケーブルなどを置く場合は、手順が増えて修理が困難となる。バッテリーがふたつ入っている点でも、修理工数は増える。

 いくら修理が簡単になったとはいえ、通常のディスプレイよりも耐久性で劣る折りたたみスマホでは、修理したつもりがうっかりディスプレイを破損させるリスクも伴う。

 現時点で欧州域で折りたたみのスマートフォンを展開しているメーカーはサムスンとHONOR、ZTE、モトローラになる。その中でも、サムスンは折りたたみスマートフォンも、フランスで表示が義務化されている修理可能性指数が向上しており、以前に比べればバッテリーの交換が容易となっている。

 そして、メーカーが最も懸念するものは、防水性能などをはじめとした修理後の品質担保だ。これについては Appleも欧州メディアの取材に対して「ユーザーがバッテリーを交換できるようにしても、防水等の品質を担保することは難しく、長期的に見ると効果的ではない」と回答している。

 多くのスマートフォンは接着剤と防水性能を確保するためのシール剤が一体化されたものを使用し、ディスプレイやバックパネルが固定されている。正規の材料で修理しても取り付け方法にミスがあったり、多少の浮きがあっただけでもこのパーツは効果的に機能しない。

 そのような理由で本体に浸水が起こり、最終的に故障してしまうことを考えると、正規の修理店で適切な修理をした方がより長く安心して使えるという考えだ。

 昨今ではIP68だけでなく、ドイツ工業規格に準拠したIPX9等級に対応するものも出ている。品質を確保するためには、より高度な修理技術が必要になることを考えると、これについてはメーカーの指摘も理解できる。

 またこれに合わせて廃棄バッテリーの処分方法も考えなければならない。交換するバッテリーがバッテリーパック方式でないということは、現在のスマートフォンでも主流の耐久性や強度面で問題のあるリチウムイオンバッテリーとなる。保護ケースのないバッテリーは扱いを誤れば発火等の事故にもつながる。これを街中のバッテリー回収ボックス等に投げ入れてしまうことは、危険極まりないものだ。

 そのような意味での「適切な廃棄」を考えると、メーカー純正修理の方が安全で確実だが、エンドユーザーが交換するとなれば適切な廃棄手段も考えなければならなくなる。この問題については、地域によって廃棄バッテリーをメーカーやリサイクル業者が安全に回収する仕組みの構築、リサイクルボックス等に入れる際は専用の袋やケースに入れて処分するなどの方法が検討されている。 

規制に向けて修理も簡単に。着々と準備されているAppleやGalaxyのスマートフォン

 これを踏まえてAppleのiPhoneやサムスンのGalaxyを見てみると、この規制の行き着く先が見えてくる。

 iPhoneでは北米でも根強い「修理する権利」に配慮した結果、iPhone 14以降はリアパネルを開ければバッテリー交換ができる。従来はフロントパネルを開けなければならず、バッテリー交換をするはずが画面を破損させてしまうことがあったが、それが解消される形となっている。 

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iPhone 14は簡単にバッテリーにアクセスできる(画像:iFixit)

 Galaxyではフレキケーブルの取り外しなどの手順があるものの、修理作業は比較的容易としている。また、バッテリーを固定する接着剤が変わり、従来よりも簡単に取り外せるものとなっている。ケーブルの配置などを変えれば、他社に比べて簡単に交換できる機種となるはずだ。

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Galaxy S23ではバッテリーには緑色のタブがあり、ここを引っ張ると簡単にバッテリーを取り外せるという(画像:iFixit)

 これらの機種を見ていると、この規制の行き着く先はすべてのスマートフォンがガラケーのようなバッテリーパック方式になるのではなく、エンドユーザーがいくつかの工具を使って簡単に交換できるものとなる。
 そのため、EU向けのスマートフォンで極度な性能低下が起こる可能性は低い。また、バックパネルの仕様を変えたモデルが出ることもなく、従来通りグローバル共通のハードウェアで展開されるものと考えられる。

バッテリー交換義務化の背景にある「消費者の権利」今となってはほかに方法もあったのでは

 多くの国や地域で様々な意見があがるEU のバッテリー交換義務化の話。改めて深掘りしてみると、絶望的なほど理解し難いものでないことも分かってくる。その一方で、修理手順の簡素化、修理マニュアルやパーツの供給体制、廃棄バッテリーの問題など、規制が施行される前に検討や改善しなければならない課題があるようにも感じる。


 そもそもこの問題の根幹は、スマートフォンのバッテリー交換を利用者が行えない形にしたことが大きい。特に2017年以降はサムスンのエントリー帯でもバッテリー交換が不可となり、交換できる機種の選択肢が減ったことが背景にある。ノートパソコンなども薄型軽量化を背景に、モバイルラップトップを中心にバッテリー交換できないものが増えていた。

iPhoneは初期から容易にバッテリー交換ができなかった

 これらのメーカーの動きに対し、消費者側も「選択肢を与えず、高額な修理費の支払いを強制している」「意図的な製品寿命を作って、買い替え意図のない消費者に新機種購入を強いている」という主張が高まりを見せた結果だ。特に”修理する権利”を強く主張するドイツを中心に根強く、これはひとつのものを長く、大切に使う国民性が反映されているという見方もできる。

 確かに20万円を超えるスマートフォンが2~3年程度しか使えないとなれば、不満に思う人も多いだろう。そのような声に応える形で、Appleやサムスンは7年もの長期のOSアップデート、各種修理対応を行っている。欧州地域で販売するXiaomiやHONORも5年以上のアップデートを行うとした。

 筆者は、バッテリーの交換の義務化よりも、先に検討すべきことがあったのではないかと思う。例えば「バッテリー交換の修理価格の上限を定める」「端末の修理可能期間を明確にする」といったルール作りの方が消費者にとってやさしいはずだ。事実、端末の修理可能期間を明確化する点はフランスにて「修理可能性指数」として運用されており、消費者は修理のしやすさ、修理パーツの提供期間の長さで製品を選ぶことができる。

 他には容易にバッテリー交換可能な機種を開発するメーカー、出張修理できる環境を整えるメーカーに対して補助金の提供をおこなったり、販売時の免税や購入補助を行うなどの優遇措置といった対応もあったはずだ。

 何より、欧州でもNokia、fairPhoneをはじめバッテリー交換できる機種を発売しているメーカーはあり、市場に選択肢が全くないわけではない。バッテリー交換を求める消費者は「交換できる機種」を購入すれば解決する話なのだが、なぜかEUではこの考え方を販売する全ての機種に押し付けようとしている。

 ただ、工具を使用してのバッテリー交換は規制対象外となるので、欧州のスマートフォンが全て「ガラケー」のような状態になることは避けられそうだ。

www.tomsguide.com

jp.ifixit.com

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